勝つために「諦める」―― 諦める力

本の紹介

少し前,ビジネス書で「やり抜く力」が売れていた。たしかに,やり抜く,やり通すことが何かを成すためには必要だと思う。しかし,自分に向いていないことにエネルギーを費やし続けても,大した成果に結びつかず,充実感も得られない。それでも「今までの努力を無駄にしない」「努力すれば報われる」と取り組み続け,精神をすり減らし,最悪ウツになることもある。

「やり抜く力」も大事だが,それ以前に,自分に向いていない領域での努力を「諦める」ことが大事なんじゃないか。

著者は世界選手権400メートルハードルで銅メダルを獲得し,3度のオリンピックに出場した為末氏。学生時代に100メートルを諦め,400メートルハードルに切り替えた経験を交え,勝つための「諦め」を説く。

スポーツでも仕事でも,「努力すれば成功する」という考えがある

    • がんばれば夢はかなう
    • 諦めるのは早い
    • あの人は自分の弱点を乗り越えて成功した
    • 自分にはこれしかない。今以上に努力を続ければ,いつか成功できるはずだ。
    • 続けていれば希望はある
    • 諦めないで頑張って
    • やめなかったからこそできた
    • きみが成功を手にすることができなかったのは,努力と熱意が足らなかったせいだ
    • 才能じゃない,努力が大事なんだ

本書に出てくるこれらの言葉に,為末氏は異を唱える。

努力には方向性――「なに」を「どう」頑張るか――が大事。限りある時間の中で,自分がもっとも成果を上げやすい,勝てる領域にエネルギーを費やす。そのために,自分の能力や特性に向いていないこと,能力の限界がきていることを見極め,「諦める」。

「諦める」とは「明らめる」こと

努力が努力として成果に結びつきやすいことは何か,他の人よりも習得しやすいことは,努力が苦痛ではなく楽しみに感じることは。

なんなら,自分が勝てるゲームを作ったり,有利になるようルールを変更したりするのを考えるのも面白いと語る。実際,ICO(国際オリンピック委員会)の会合ではそのようなことが行われているらしい。

僕自身,心理の業界に入る前は営業・販売の仕事をしていました。もともと物売りは得意ではないが,「頑張れば他の人より成果をあげられるようになる」と思い続けたのですが…結局,自分には向いていないと納得するまでに10年近くかかりました。

もっとはやく気づけよって感じですが,続けるほど「諦める」ことが難しくなる。

本書ではこう指摘する。

努力なしに成功を手にすることはできない。
しかし,人によって努力が喜びに感じられる場所と,努力が苦痛にしか感じられない場所がある。苦痛の中で努力しているときは「がんばった」という感覚が強くなる。それが心の支えにもなる。

そして,こう続ける。

ただ,がんばったという満足感と成果とは別物だ。

過去の経験が活きていることも多少はありますが,同じ時間を過ごすなら,得意な領域でエネルギーを費やしたほうが得られるものは大きい。自分にとっての成功とは何か,勝つとは何か――カウンセリングなら,患者にとって成功や成果は何を指しているのかを共に定義する。成果に結びつきやすい場所,能力を発揮しやすい領域を探し出し,努力が成果に結びついているか,「希望」と「願望」を混同し,勝つ見込みを捻じ曲げていないかを見極める。

「諦」とは「あきらかにする」「つまびらかにする」という意味だそうだ。精神疾患を得た人が今までどおりの生活を送ることは難しい。症状の回復や安定のために手放してもらうこと,今までの何かを「諦めて」もらわなければならない。

何のために「諦める」か。
自分の能力を成果に結びつけるために,患者さんの生活の向上のために(一方的に諦めさせないために),カウンセラーにも読んでもらいたい一冊。

 

諦める力 もくじ

第1章 諦めたくないから諦めた
第2章 やめることについて考えてみよう
第3章 現役を引退した僕が見たオリンピック
第4章 他人が決めたランキングに惑わされない
第5章 人は万能ではなく、世の中は平等ではない

 

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